「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」
サイカの言葉で戦場に静寂が走る。その隙に桜夜は煙管を口にくわえ、マッチで火をつけた。そして煙をふかしながら思った。
(味方かどうかはわかんないけどなあ)
彼はあくまでサイカが利用できるかぎり守るにすぎない。利用できなくなったり、四方院家への害が大きくなれば切り捨てるだろう。だから味方と全面的に信頼されるのも困るのだが、賢い大人は沈黙を守るものだと口をつぐんだ。
「ねえちゃん! なんでこいつが味方なんだよ! こいつ四方院の人間だろ!」
「そうです。なにかされたのサイカちゃん」
サイカとよく似た体格のホムラと、先ほどまで姿を見せていなかった水使いの少女……おそらくリオが赤木家の玄関先に集まってきた。そこで桜夜は驚いた。サイカとリオの体格の差に。サイカが全身華奢なのに対して、リオは美しい湖のような長い髪と瞳を持ち、出るところが出たモデルのようなプロポーションだったからだ。
「うーん……」
(契約する方間違えたかなあ)
桜夜がそんなことを考えていると、サイカに睨まれた。どうやら考えがバレたらしい。
「とにかく! わたしは……なにも、されてないし……」
サイカはホムラとリオを説得しようとしたが、なにもされていないわけではないことを思い出して目をそらした。
「ほら! やっぱりなにかされたんだ!」
逆上したホムラがまたファイアボールを作るが、それはサイカのイカズチで破壊される。
「とにかく聞いて! この人はわたしたちをたすけてくれるって」
「……サイカちゃん、それは……」
「リオ、ホムラ、わたしを信じて……」
サイカの真剣な眼差しにホムラとリオは折れた。
「わかったよ。ねえちゃん……。ただし! てめえを信用したわけじゃないからな!」
ホムラが桜夜にびしっと指を指す。
「あらあらダメよホムラちゃん。これからお世話になるんだから。はじめまして、リオと申します。サイカちゃんのこと、ありがとうございます」
対してスーツに身を包んだリオはお嬢様のようにゆったりとお辞儀をしてみせた。三者三様の姉妹だが、やっぱりリオちゃんにしとけばよかったかなあと考えた瞬間、サイカからイナズマのような睨み付けるが飛んで来た。
「とりあえず寒いんで部屋帰って良い?」
サイカの「睨み付ける」攻撃を無視しながら桜夜はそういった。確かに彼のスーツやマントは防寒対策が施されている。でも青森の寒さはやばかった。ホムラの炎もない今、さっさと帰りたかった。
「そうだね。あの、妹たちを入れても……?」
「勝手にしいやー。ここ人の家だし」
桜夜は適当に言いながら暖かい家に戻っていった。
◆◆◆
深夜3時
少女たちを客室で寝かせたあと、桜夜は応接室の広い机に日本地図を広げ、右手に万年筆を持ちながら今後について考えていた。 あの女の手先たちは、北海道の最北端から四方院家に連なる拠点を一個一個潰していった。そして北海道の拠点にいくら戦力を送っても守り切れなかったことから、宗主は本土は守り抜こうと青森の最北端に桜夜を送り込んだ。 宗主の読みでは相手はゲームをしているという。わざわざ北から一個一個拠点を潰しているのがその証拠だという。だがならなぜ娘は四方院の秘密を知りたがる? 四方院の秘密を知りたいなら最初から宗家のある本邸を狙った方がいい。相手が本当にあの女なら、四方院家全員でかかっても負けるかもしれない。やはり遊んでいるのか? 考えながら、潰された拠点に×印をつける。次に狙われる拠点は予想できる。少女たちが起きたらそちらに移動しなければ。これ以上四方院の名を汚されるわけにはいかなかった。桜夜が一旦の方針を決めると、不意にドアがノックされた。「あの、桜夜様。まだいらっしゃいますか?」
「ん? なにかあったかい?」
「いえ……あの、中に失礼してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
応接室におずおずと入ってきたのはリオだった。ジャケットを脱いでブラウス姿になった彼女はセクシーだ。そしてなぜか彼女は桜夜のとなりに座ってきた。
「あの、サイカちゃんから聞きました。わたくしたちのためにサイカちゃんが桜夜様と契約したって」
「ああ、確かにしたな」
「その契約、わたくしにしていただけませんか……?」
「は……?」
桜夜を押し倒したリオはなおも言葉を続ける。
「お願いします。わたくしはどんな目にあったってかまいません。だから……」
それ以上の言葉を遮るように、桜夜は彼女の唇に左手の人差し指を押しあてた。
「そういう交渉はもっと大人になってからしなさいな。特に君みたいな魅力的な子はね」
桜夜の言葉に水の少女は涙を流し、桜夜の胸に顔を押し当てて泣き出した。
「お願いします……どうかサイカちゃんにひどいことをしないでください」
「……大丈夫だよ」
弟分たちに接するときのような優しい声で言うと、右手で彼女を抱き締め、左手でその髪を撫でた。あの女と戦う以上、向こうの戦力は少しでも減らし、こちらの戦力は少しでも増やさなければならない。だから少女たちが裏切らないよう、自分に心酔させる必要があった。
(人心掌握は得意じゃないんだがなあ)
心の中でため息をついた。策略家としての才能がないでもないが、人の心はいまいちよくわからなかった。そんなことを考えていると、リオが顔をあげてこちらを見つめてきた。
「わたくしが、わたくしがあなた様をお守りします。たがらサイカちゃんとホムラちゃんを守ってください」
リオはそういって軽く口づけをした。その行為に恥ずかしくなったのか、少女はバネのように飛び上がり、部屋を飛び出した。
「おやすみなさい!」
という言葉を残して。桜夜は自分の唇に軽く触れる。魔女の口づけはただの口づけではない。契約だ。
「いやあ、まさかリオちゃんとも契約しちゃうとは困った困った」
あはははと笑ったとあと、桜夜は軽くため息をついた。
to be continued
リオとのキスのあと仮眠を取っていた桜夜は、鼻をくすぐる良い匂いで目をさました。掛け布団代わりにしていたマントとジャケットを床に落としながら起き上がり、あくびと伸びをする。油断も緊張もない、「自然体」、それが戦う者の心構えだ。ゆっくりと匂いの根源をたどると、そこは昨夜ココアを入れたキッチンだった。なんと三姉妹が朝食を作っていたのである。「あっ、桜夜さん……。えっと、おはよう、ございます……。すみません勝手にキッチンを借りてしまって。……どうしてもホムラちゃんがおなかが空いたと」「なっ、ねえちゃんたちも賛成してただろ!」「さっ、桜夜様のお席はこちらですよ」 三者三様の反応を見せる少女たち。まだ少し怯える黄色の少女、怒りっぽい赤の少女、そして早くも忠誠心があるように見せる青の少女。 そんな青の少女であるリオは、メイドよろしく桜夜のために椅子を引く。その席は当主席だった。今ここにいる人間のうち誰が一番偉いかを考えた上での行為なら、この少女なかなかあなどれない。そう桜夜は思った。しかしそんなことはおくびにも出さずに彼は「ありがとう」と席についた。「あの、よろしければ召し上がってください……」 黄色の少女、サイカが桜夜の前に食事を並べる。置かれたのはオムレツとベーコン、少量のサラダとトースト、そしてコーヒーだった。桜夜がどうしたものかと考えていると、赤の少女ホムラが桜夜の皿からトーストを1枚かっさらってかじってしまった。「もう、ホムラちゃん。桜夜様より先に食べちゃだめでしょう?」「け!」 ホムラは機嫌悪くトーストをかじり続ける。桜夜は苦笑いをしながら、「いただきます」と手を合わせた。 信用できない人間の作ったものは食べない。 そんな基本を守らない桜夜。 そこにはある理由があった。 彼がお人よしだからではない。 彼にはどんな毒も効かないからだto be continued
少女たち3人をくわえ一気にかしましくなった車は、次に狙われるだろう秋田の拠点を目指していた。青森からもっとも近い四方院家の分家、白井家の屋敷が目的地だ。 車内では少女3人と桜夜が後部座席を陣取り、赤木家から勝手に持ってきたトランプで遊んでいた。 そのあまりの緊張感の無さに、運転手はあきれ返っていた。「ああくっそ! なんで勝てないんだ!」 ホムラがトランプをぶちまけ、頭をかきむしる。「はっはっはっ」「なにわらってんだてめー!」 最初は普通にトランプで遊んでいた。しかし一喜一憂するホムラの様子が面白く、いつのまにか桜夜、サイカ、リオの3人が連合を組み、ホムラをいじ……かわいがっていた。 そうこうしている間にたどり着いた白井家の屋敷は、反社会組織も真っ青な完全武装状態で桜夜たちを出迎えた。 白井家の当主は相談役を名乗る若造が気に入らないらしく、挨拶にも出て来なかった。 それでも正式任務中の相談役は宗主の名代。キングサイズのベッドに専用のお風呂や洗面所、トイレなどが付いた最高級の客間を待機場所としてあてがわれた。 まあ外に出る必要のないこの部屋をあてがわれたのは隔離の意味もあるのだろうが。 部屋に入ると、ホムラの怒りは限界だった。「あー! ムカつく! なんだよこの家! 人が協力してやるっていってんのに邪魔者扱いしやがって!」「やめなさいホムラちゃん。はしたないですよ」 桜夜はホムラを見ながら苦笑した。「ごめん。僕がもう少し歳をとってれば君たちに不快な思いをさせずに済んだんだが」「けっ」 ホムラはそっぽを向いた。「とにかくいつ襲撃があるかわからなたいから今は休もう。君たちもベッドに来たらどうだ?」「はあ?! 誰がてめえなんかと同じベッドに入るか変態野郎!」 ホムラは早速噛みついたが、サイカとリオの態度は違った。赤くなりながらもあおたがいの顔を見ると頷き、桜夜の両隣に横になった。「なにしてんだよ! ねえちゃんたち!」「い、いや、休むのも大事かなって」「そうです」 そんな謎な状況でも桜夜はマイペースだった。「やっぱり若い子と寝るのはいいね。失った全盛期の霊力が戻るようだよ」「この変態! ねえちゃんたちになにかしたらゆるさないからな!」「阿呆、決戦前にそんな疲れることするわけないだろう」 疲れること そのワードでもう
背中に大やけどを負い、毒まで回ったはずの桜夜は、翌日にはけろっとした顔で朝食を平らげ、三人の少女を驚かせた。しかし彼の主治医は驚くでもなく、すぐさま彼を退院させた。 桜夜が寝ている間に宗主は方針を転換し、分家たちは宗家のある横浜に避難させることとなった。いわば戦力を一か所に集め、本土決戦をする構えである。 しかし桜夜は敵側の裏切り者を連れているという理由で宗家の屋敷への立ち入りを禁じられてしまった。仕方なく桜夜は少女たちを連れて、横浜みなとみらいの海の見えるホテルのスィートルームを経費で取り、少女たちを匿うことにした。「うわあ、海ですよ! 海!」 スィートルームから見える光景に一番興奮したのは水の魔女である青の少女、リオだった。 サイカはむしろ部屋の豪華な内装に興味を示し、ホムラは宗家立ち入り禁止に苛立ち、すぐにベッドでふて寝してしまった。本当に三者三様の姉妹だ、そう思いながら桜夜はソファに座った。 ふいにテレビに目を向けると、スイッチも入れていないのに映像が映りだした。そこには玉座のような椅子に腰かけた、黒い魔女を思わせるドレスに身を包んだ妙齢の女性が映っていた。すぐにサイカが叫ぶ。「お母さま⁉」 その叫びにふて寝していたホムラも、景色を堪能していたリオもテレビに目を向ける。『こんにちは、ブラックナイト。まずは分霊とはいえ、フェニキアを倒したこと、褒めてあげましょう』「そりゃどうも。美人に褒められてうれしいですよ」 不敵な笑みを浮かべる魔女に対して、桜夜もにやにや笑いながら返す。『あなた、似ているわね』「? 誰にだ?」『……いえ、そんなはずはないわね。……今日はお茶会の誘いよ』 どこからともなく風が吹き、桜夜の手元に封書が飛んでくる。桜夜はそれを手に取ると、紫のキスマークに「ババアのキスマークきもちわる」と思った。『三日後、会いに来なさい。約束するなら四方院を襲うのを待ってあげましょう』「いいですよ。約束します」 へらへらと約束する桜夜に、ホムラが詰め寄るが、魔女はにこやかに笑って通信を切った。 ただでは済まないお茶会が、始まる……。to be continued
3日後の夜、不死身の魔女からの手紙はゲートを開いてくれた。恐らくこのゲートをくぐれば魔女と会えるのだろう。 不死身の魔女からのメッセージを受け取った桜夜は、すぐに宗主に報告した。宗主は大変面白がり、魔女との対話路線でいき、桜夜を使者という立場とした。 もちろん、少女たちは自分の母親の危険性をよく知っているので止めた。しかし桜夜は停戦交渉に行くと聞かなかった。 それを受けて少女たちも、母との決別のため同行すると言い出した。しかし桜夜としては母親側に寝返られては不利になると、一人でいくつもりだったが……。「桜夜さん、置いていかないでください」「そうだぞ!」「大丈夫。母からはわたくしたちがお守りします」 ゲートに飛び込む前に少女たちに見つかり、仕方なく4人で魔のお茶会にいくことにした。◆◆◆ ゲートの先は魔女の座る玉座の間だった。魔女は妖艶な笑みを浮かべて桜夜たちを迎えた。 本当にもてなすつもりがあったのか、血のように赤いワインとグラスが用意されていた。「いらっしゃい。ずいぶん娘(奴隷)たちと仲が良いようね」「お初にお目にかかります。お母様?」 桜夜は魔女ににこやかに言葉を返し、右手を自身の胸に当てながら頭を下げる。「ふふ、確かに面白い男ね。あんな出来損ないたちでよければくれてやるわ」「ありがとうございます。それではこのまま、ご息女たちと四方院家に手出ししないことをお約束いただけますか」「ええ、もう四方院家の秘密も娘も必要ない。そうあなたがいれば」 桜夜がぞくりと震えた瞬間、魔女が黒いイカズチを放ってきた。そのイカズチを鞘に入った桜吹雪で受け止めたものの、サイカの放つイカズチとはくらべものにならない威力だった。「……やめてお母さん!」 サイカが叫ぶも、魔女は桜夜から目を離さない。「あなたはフェニキアの分霊を倒した。それが出来るのは、不死者を殺せる者だけ」 魔女の言葉に桜夜は確信する。この魔女の願いは……。「さあ、私を殺しなさい。さもないと死ぬわよ」 黒の大洪水が桜夜を襲い、その水の中に彼を閉じ込める。 (くっ……息が……)「やめろクソババア!」 ホムラが叫び、ファイアボールを母親に投げつける。しかし魔女は除けもしない。その絶大な魔力と不死鳥フェニキアとの契約が自分を守ると確信しているからだ。「……なにを遊んでいるの
東北自動車道を走る車の助手席から、青年、水希桜夜(みずきおうや)は窓の外を眺めていた。彼は黒いスーツの上下に黒いワイシャツ、そして寒さ対策のフード付きの黒いマント身につけていた。胸には公式任務中を示す「四方印」のバッジが輝いている。「しかし東北でのゴタゴタに、なんで関東の僕が駆け付けなければならんのかねえ」 桜夜はため息をつく。すると運転手が苦笑いを浮かべながら答えた。「相談役は日本中のトラブルに対応する仕事ですよ」 桜夜はもう一度ため息をつく。「四方院家特別相談役」、それが彼の役職だった。特別相談役は四方院家宗主直属の役職で、宗主クラスでなければ対応できない荒事に対応したり、時に四方院家を守るためなら宗主に背くことも許された地位である。といえば聞こえはいいが、ようはただの雑用である。青年はもう一度ため息をつく。 親もなく、幼い頃に宗主の妹に才能を見いだされただけの野良犬にはお似合いの仕事だなと思ったからだ。そうして桜夜は目蓋を閉じて瞑想に入る。何か、変化の兆しを感じていた。◆◆◆ 桜夜が青森にある四方院家の分家、赤木家の屋敷についたのは深夜1時を回ったところだった。屋敷には明かりもなく、多くの人間が倒れていた。桜夜が倒れている人間に近づいて確認したところ、どうやら息はあるようだ。運転手に救急車の手配を任せると、青年は鞘に封印された刀――桜吹雪――を手に赤木家当主の姿を探した。 しばらく歩き回り、そして屋敷の奥に当主はいた。苦しそうに身体を横たえる当主の前には、バチバチとイカズチをまとった少女がいた。黄色い髪は首にかかるかかからないか程度だ。黄色いローブに身を包み、杖を持った姿はまさに魔法使いだった。「おーい、お嬢ちゃん。そのおっさん返してくれる?」 桜夜はのんきに魔法使いに声をかけた。すると彼女は彼の方に目を向けた。黄色い瞳は悲しそうだった。「……四方院の、秘密を教えて。そうしたら帰る」「秘密、ねえ? 宗主があまりにチビだから未だに嫁が来ない話でいいか?」 桜夜のふざけた態度に、魔法使いは左手の掌を青年に向け、「イカズチ」を放った。「おっと」 桜夜は鞘に入ったままの桜吹雪でイカズチを受け止める。すると桜吹雪の持つ「守りの結界」が発動し、イカズチが少女に跳ね返った。「きゃっ……」 イカズチが跳ね返されたことに、少女が驚いた。その
四方院家の圧力により、救急隊員は何も言わず赤木家の負傷者たちを運んでいった。また警察にも手を回したため、少女が逮捕されることもなかった。一息ついた桜夜は他人の家の台所で勝手にホットココアを入れると、少女を待たせている応接室に向かい、器用にドアを開けた。「おや、逃げなかったのか」 応接室の3人がけのソファーのはじっこにちょこんと座った少女の小柄な姿に、桜夜は少しだけ驚いてみせた。彼は少女をいっさい拘束しなかったし、施錠などもしていなかった、逃げ出すチャンスはいくらでもあったのに、少女は逃げずに彼を待ったのだ。「たすけて、って、言った、から」 少女は少し怯えながらそう返した。桜夜はふむ、と頷きながら彼女の前にココアをおいた。「まあ疲れただろうし、飲みなさいな。飲みながら話しましょう」 彼は早速自分の分のココアに口をつける。そして「あちち」と熱がるそぶりを見せた。彼は生来の猫舌だった。その姿を少しだけかわいいと思った少女は小さく口元に笑みをたたえ、自分のココアをふーふーと冷ますと一口飲んだ。「……あー、飲むんだ」 少女は不思議そうに首をかしげる。「僕はまだ君の味方じゃない、どちらかというと敵側だ。敵の出した飲み物なんて僕は恐ろしくて飲めない。君、戦闘のプロじゃないね」 桜夜の指摘に少女はうつむき、ココアの入ったカップを机に置いた。「でも安心したよ。君がそっちのプロじゃないなら、無理矢理戦いに利用されたいたいけな少女を助けたってシナリオが書ける」 桜夜の言葉に少女は顔をあげる。 桜夜は天使のように――あるいは悪魔のように――笑っていた。「たすけて、くれるの?」「もちろん。それが四方院家のためなら、ね」「ありがとう!」少女はソファーから立ち上がり、桜夜の手を握った。「で、君のご依頼は?」「……わたしと、2人の妹を助けてほしいの」「ふむ……それは構わないが、君は“あの女”の娘なんだろう。助けたとしても僕は君、たちを一生守らないといけない。何かメリットはあるのかな?」 桜夜は少女を見る。華奢な身体と小柄な背丈、恐らく栄養状態もあまりよくない……かつての自分のように。彼の中のかけらほどの良心はどこか静かな場所で平和に暮らさせてやりたいと騒いでいた。だがそれは無理だ。相手はあの女、“不死身の魔女”なのだ。護衛をつけるにしろ最高峰の護衛でな
倒れた少女がそのまま寝てしまったことに、本当に戦闘向きじゃないなあと思った。敵陣で、かつ、無理矢理唇を奪った男の前で無防備すぎないか?と思ったが、桜夜は嘆息をつき、適当な部屋から毛布をもってきて少女にかけると、暖房の温度をあげた。「さて、と」 だんだんと強い“力”が2つ、屋敷に近づいて来ていた。その力は明らかな敵意に満ちている。迎え打つために、脱いでいた防寒用のマントを再び羽織ると、腰のベルトに桜吹雪を差し、表に出た。すると炎の固まりがいきなり彼に突進してきた。「サイカを、返せ!」 炎の固まりの中にはサイカをボーイッシュにして、髪と瞳を赤にし、さらに筋肉質にしたような少女がいた。少女は炎を纏って桜夜に殴りかかってきた。「っ」 なかなかの俊敏さに驚異を感じながらも桜吹雪を鞘ごと引き抜き、拳を受け止める。しばらくつばぜり合いを続けていたが、炎の少女の後ろから静かな、しかし強い声が響いた。「離れなさいホムラ」 その声に炎の少女は桜吹雪の鞘を蹴って空に飛び上がった。そのあと桜夜に向かってきたのは屋敷を飲み込まんばかりの津波だった。「ちっ」 サイカを助けに来たとか言いながら、彼女のいるかもしれない屋敷を流す気かと内心で毒づきながら、桜吹雪を鞘から抜く。桜吹雪で津波に切りかかると、津波はモーセの海割りの如く半分に切り裂かれ、力を失って消滅した。「なんだよ、その剣!」「剣じゃなくて刀だよ」 炎の少女、ホムラが投げつけてくるファイアボールを切り裂きながら、桜夜はのんきに突っ込みを入れた。すると今度は正面から鉄砲水のような水が勢いよく向かってきて、仕方なく桜夜は桜吹雪の刃で水を受け止める。しかしその放水はなかなか終わらず防戦一方だった。「とりあえずてめえは死ね」 ホムラが先ほどとは比べものにならない大きさのファイアボールをかかげて空中で笑っていた。(あれを投げつけられたやばいかもなあ) なんて思いながら、桜夜の目付きが変わった。ホムラという少女がファイアボールを投げ、無防備になった瞬間、彼女を殺そうと決めたからだ。殺るか殺られるかの瞬間、悲鳴のような声が戦場に響いた。「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」「……ねえちゃん?」「サイカちゃん?」 ファイアボールと鉄砲水が消え、サイカとよく似た二人の少女が、屋敷から飛び出してき
3日後の夜、不死身の魔女からの手紙はゲートを開いてくれた。恐らくこのゲートをくぐれば魔女と会えるのだろう。 不死身の魔女からのメッセージを受け取った桜夜は、すぐに宗主に報告した。宗主は大変面白がり、魔女との対話路線でいき、桜夜を使者という立場とした。 もちろん、少女たちは自分の母親の危険性をよく知っているので止めた。しかし桜夜は停戦交渉に行くと聞かなかった。 それを受けて少女たちも、母との決別のため同行すると言い出した。しかし桜夜としては母親側に寝返られては不利になると、一人でいくつもりだったが……。「桜夜さん、置いていかないでください」「そうだぞ!」「大丈夫。母からはわたくしたちがお守りします」 ゲートに飛び込む前に少女たちに見つかり、仕方なく4人で魔のお茶会にいくことにした。◆◆◆ ゲートの先は魔女の座る玉座の間だった。魔女は妖艶な笑みを浮かべて桜夜たちを迎えた。 本当にもてなすつもりがあったのか、血のように赤いワインとグラスが用意されていた。「いらっしゃい。ずいぶん娘(奴隷)たちと仲が良いようね」「お初にお目にかかります。お母様?」 桜夜は魔女ににこやかに言葉を返し、右手を自身の胸に当てながら頭を下げる。「ふふ、確かに面白い男ね。あんな出来損ないたちでよければくれてやるわ」「ありがとうございます。それではこのまま、ご息女たちと四方院家に手出ししないことをお約束いただけますか」「ええ、もう四方院家の秘密も娘も必要ない。そうあなたがいれば」 桜夜がぞくりと震えた瞬間、魔女が黒いイカズチを放ってきた。そのイカズチを鞘に入った桜吹雪で受け止めたものの、サイカの放つイカズチとはくらべものにならない威力だった。「……やめてお母さん!」 サイカが叫ぶも、魔女は桜夜から目を離さない。「あなたはフェニキアの分霊を倒した。それが出来るのは、不死者を殺せる者だけ」 魔女の言葉に桜夜は確信する。この魔女の願いは……。「さあ、私を殺しなさい。さもないと死ぬわよ」 黒の大洪水が桜夜を襲い、その水の中に彼を閉じ込める。 (くっ……息が……)「やめろクソババア!」 ホムラが叫び、ファイアボールを母親に投げつける。しかし魔女は除けもしない。その絶大な魔力と不死鳥フェニキアとの契約が自分を守ると確信しているからだ。「……なにを遊んでいるの
背中に大やけどを負い、毒まで回ったはずの桜夜は、翌日にはけろっとした顔で朝食を平らげ、三人の少女を驚かせた。しかし彼の主治医は驚くでもなく、すぐさま彼を退院させた。 桜夜が寝ている間に宗主は方針を転換し、分家たちは宗家のある横浜に避難させることとなった。いわば戦力を一か所に集め、本土決戦をする構えである。 しかし桜夜は敵側の裏切り者を連れているという理由で宗家の屋敷への立ち入りを禁じられてしまった。仕方なく桜夜は少女たちを連れて、横浜みなとみらいの海の見えるホテルのスィートルームを経費で取り、少女たちを匿うことにした。「うわあ、海ですよ! 海!」 スィートルームから見える光景に一番興奮したのは水の魔女である青の少女、リオだった。 サイカはむしろ部屋の豪華な内装に興味を示し、ホムラは宗家立ち入り禁止に苛立ち、すぐにベッドでふて寝してしまった。本当に三者三様の姉妹だ、そう思いながら桜夜はソファに座った。 ふいにテレビに目を向けると、スイッチも入れていないのに映像が映りだした。そこには玉座のような椅子に腰かけた、黒い魔女を思わせるドレスに身を包んだ妙齢の女性が映っていた。すぐにサイカが叫ぶ。「お母さま⁉」 その叫びにふて寝していたホムラも、景色を堪能していたリオもテレビに目を向ける。『こんにちは、ブラックナイト。まずは分霊とはいえ、フェニキアを倒したこと、褒めてあげましょう』「そりゃどうも。美人に褒められてうれしいですよ」 不敵な笑みを浮かべる魔女に対して、桜夜もにやにや笑いながら返す。『あなた、似ているわね』「? 誰にだ?」『……いえ、そんなはずはないわね。……今日はお茶会の誘いよ』 どこからともなく風が吹き、桜夜の手元に封書が飛んでくる。桜夜はそれを手に取ると、紫のキスマークに「ババアのキスマークきもちわる」と思った。『三日後、会いに来なさい。約束するなら四方院を襲うのを待ってあげましょう』「いいですよ。約束します」 へらへらと約束する桜夜に、ホムラが詰め寄るが、魔女はにこやかに笑って通信を切った。 ただでは済まないお茶会が、始まる……。to be continued
少女たち3人をくわえ一気にかしましくなった車は、次に狙われるだろう秋田の拠点を目指していた。青森からもっとも近い四方院家の分家、白井家の屋敷が目的地だ。 車内では少女3人と桜夜が後部座席を陣取り、赤木家から勝手に持ってきたトランプで遊んでいた。 そのあまりの緊張感の無さに、運転手はあきれ返っていた。「ああくっそ! なんで勝てないんだ!」 ホムラがトランプをぶちまけ、頭をかきむしる。「はっはっはっ」「なにわらってんだてめー!」 最初は普通にトランプで遊んでいた。しかし一喜一憂するホムラの様子が面白く、いつのまにか桜夜、サイカ、リオの3人が連合を組み、ホムラをいじ……かわいがっていた。 そうこうしている間にたどり着いた白井家の屋敷は、反社会組織も真っ青な完全武装状態で桜夜たちを出迎えた。 白井家の当主は相談役を名乗る若造が気に入らないらしく、挨拶にも出て来なかった。 それでも正式任務中の相談役は宗主の名代。キングサイズのベッドに専用のお風呂や洗面所、トイレなどが付いた最高級の客間を待機場所としてあてがわれた。 まあ外に出る必要のないこの部屋をあてがわれたのは隔離の意味もあるのだろうが。 部屋に入ると、ホムラの怒りは限界だった。「あー! ムカつく! なんだよこの家! 人が協力してやるっていってんのに邪魔者扱いしやがって!」「やめなさいホムラちゃん。はしたないですよ」 桜夜はホムラを見ながら苦笑した。「ごめん。僕がもう少し歳をとってれば君たちに不快な思いをさせずに済んだんだが」「けっ」 ホムラはそっぽを向いた。「とにかくいつ襲撃があるかわからなたいから今は休もう。君たちもベッドに来たらどうだ?」「はあ?! 誰がてめえなんかと同じベッドに入るか変態野郎!」 ホムラは早速噛みついたが、サイカとリオの態度は違った。赤くなりながらもあおたがいの顔を見ると頷き、桜夜の両隣に横になった。「なにしてんだよ! ねえちゃんたち!」「い、いや、休むのも大事かなって」「そうです」 そんな謎な状況でも桜夜はマイペースだった。「やっぱり若い子と寝るのはいいね。失った全盛期の霊力が戻るようだよ」「この変態! ねえちゃんたちになにかしたらゆるさないからな!」「阿呆、決戦前にそんな疲れることするわけないだろう」 疲れること そのワードでもう
リオとのキスのあと仮眠を取っていた桜夜は、鼻をくすぐる良い匂いで目をさました。掛け布団代わりにしていたマントとジャケットを床に落としながら起き上がり、あくびと伸びをする。油断も緊張もない、「自然体」、それが戦う者の心構えだ。ゆっくりと匂いの根源をたどると、そこは昨夜ココアを入れたキッチンだった。なんと三姉妹が朝食を作っていたのである。「あっ、桜夜さん……。えっと、おはよう、ございます……。すみません勝手にキッチンを借りてしまって。……どうしてもホムラちゃんがおなかが空いたと」「なっ、ねえちゃんたちも賛成してただろ!」「さっ、桜夜様のお席はこちらですよ」 三者三様の反応を見せる少女たち。まだ少し怯える黄色の少女、怒りっぽい赤の少女、そして早くも忠誠心があるように見せる青の少女。 そんな青の少女であるリオは、メイドよろしく桜夜のために椅子を引く。その席は当主席だった。今ここにいる人間のうち誰が一番偉いかを考えた上での行為なら、この少女なかなかあなどれない。そう桜夜は思った。しかしそんなことはおくびにも出さずに彼は「ありがとう」と席についた。「あの、よろしければ召し上がってください……」 黄色の少女、サイカが桜夜の前に食事を並べる。置かれたのはオムレツとベーコン、少量のサラダとトースト、そしてコーヒーだった。桜夜がどうしたものかと考えていると、赤の少女ホムラが桜夜の皿からトーストを1枚かっさらってかじってしまった。「もう、ホムラちゃん。桜夜様より先に食べちゃだめでしょう?」「け!」 ホムラは機嫌悪くトーストをかじり続ける。桜夜は苦笑いをしながら、「いただきます」と手を合わせた。 信用できない人間の作ったものは食べない。 そんな基本を守らない桜夜。 そこにはある理由があった。 彼がお人よしだからではない。 彼にはどんな毒も効かないからだto be continued
「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」 サイカの言葉で戦場に静寂が走る。その隙に桜夜は煙管を口にくわえ、マッチで火をつけた。そして煙をふかしながら思った。(味方かどうかはわかんないけどなあ) 彼はあくまでサイカが利用できるかぎり守るにすぎない。利用できなくなったり、四方院家への害が大きくなれば切り捨てるだろう。だから味方と全面的に信頼されるのも困るのだが、賢い大人は沈黙を守るものだと口をつぐんだ。「ねえちゃん! なんでこいつが味方なんだよ! こいつ四方院の人間だろ!」「そうです。なにかされたのサイカちゃん」 サイカとよく似た体格のホムラと、先ほどまで姿を見せていなかった水使いの少女……おそらくリオが赤木家の玄関先に集まってきた。そこで桜夜は驚いた。サイカとリオの体格の差に。サイカが全身華奢なのに対して、リオは美しい湖のような長い髪と瞳を持ち、出るところが出たモデルのようなプロポーションだったからだ。「うーん……」(契約する方間違えたかなあ) 桜夜がそんなことを考えていると、サイカに睨まれた。どうやら考えがバレたらしい。「とにかく! わたしは……なにも、されてないし……」 サイカはホムラとリオを説得しようとしたが、なにもされていないわけではないことを思い出して目をそらした。「ほら! やっぱりなにかされたんだ!」 逆上したホムラがまたファイアボールを作るが、それはサイカのイカズチで破壊される。「とにかく聞いて! この人はわたしたちをたすけてくれるって」「……サイカちゃん、それは……」「リオ、ホムラ、わたしを信じて……」サイカの真剣な眼差しにホムラとリオは折れた。「わかったよ。ねえちゃん……。ただし! てめえを信用したわけじゃないからな!」 ホムラが桜夜にびしっと指を指す。「あらあらダメよホムラちゃん。これからお世話になるんだから。はじめまして、リオと申します。サイカちゃんのこと、ありがとうございます」 対してスーツに身を包んだリオはお嬢様のようにゆったりとお辞儀をしてみせた。三者三様の姉妹だが、やっぱりリオちゃんにしとけばよかったかなあと考えた瞬間、サイカからイナズマのような睨み付けるが飛んで来た。「とりあえず寒いんで部屋帰って良い?」 サイカの「睨み付ける」攻撃を無視しながら桜夜はそういった。確かに彼のス
倒れた少女がそのまま寝てしまったことに、本当に戦闘向きじゃないなあと思った。敵陣で、かつ、無理矢理唇を奪った男の前で無防備すぎないか?と思ったが、桜夜は嘆息をつき、適当な部屋から毛布をもってきて少女にかけると、暖房の温度をあげた。「さて、と」 だんだんと強い“力”が2つ、屋敷に近づいて来ていた。その力は明らかな敵意に満ちている。迎え打つために、脱いでいた防寒用のマントを再び羽織ると、腰のベルトに桜吹雪を差し、表に出た。すると炎の固まりがいきなり彼に突進してきた。「サイカを、返せ!」 炎の固まりの中にはサイカをボーイッシュにして、髪と瞳を赤にし、さらに筋肉質にしたような少女がいた。少女は炎を纏って桜夜に殴りかかってきた。「っ」 なかなかの俊敏さに驚異を感じながらも桜吹雪を鞘ごと引き抜き、拳を受け止める。しばらくつばぜり合いを続けていたが、炎の少女の後ろから静かな、しかし強い声が響いた。「離れなさいホムラ」 その声に炎の少女は桜吹雪の鞘を蹴って空に飛び上がった。そのあと桜夜に向かってきたのは屋敷を飲み込まんばかりの津波だった。「ちっ」 サイカを助けに来たとか言いながら、彼女のいるかもしれない屋敷を流す気かと内心で毒づきながら、桜吹雪を鞘から抜く。桜吹雪で津波に切りかかると、津波はモーセの海割りの如く半分に切り裂かれ、力を失って消滅した。「なんだよ、その剣!」「剣じゃなくて刀だよ」 炎の少女、ホムラが投げつけてくるファイアボールを切り裂きながら、桜夜はのんきに突っ込みを入れた。すると今度は正面から鉄砲水のような水が勢いよく向かってきて、仕方なく桜夜は桜吹雪の刃で水を受け止める。しかしその放水はなかなか終わらず防戦一方だった。「とりあえずてめえは死ね」 ホムラが先ほどとは比べものにならない大きさのファイアボールをかかげて空中で笑っていた。(あれを投げつけられたやばいかもなあ) なんて思いながら、桜夜の目付きが変わった。ホムラという少女がファイアボールを投げ、無防備になった瞬間、彼女を殺そうと決めたからだ。殺るか殺られるかの瞬間、悲鳴のような声が戦場に響いた。「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」「……ねえちゃん?」「サイカちゃん?」 ファイアボールと鉄砲水が消え、サイカとよく似た二人の少女が、屋敷から飛び出してき
四方院家の圧力により、救急隊員は何も言わず赤木家の負傷者たちを運んでいった。また警察にも手を回したため、少女が逮捕されることもなかった。一息ついた桜夜は他人の家の台所で勝手にホットココアを入れると、少女を待たせている応接室に向かい、器用にドアを開けた。「おや、逃げなかったのか」 応接室の3人がけのソファーのはじっこにちょこんと座った少女の小柄な姿に、桜夜は少しだけ驚いてみせた。彼は少女をいっさい拘束しなかったし、施錠などもしていなかった、逃げ出すチャンスはいくらでもあったのに、少女は逃げずに彼を待ったのだ。「たすけて、って、言った、から」 少女は少し怯えながらそう返した。桜夜はふむ、と頷きながら彼女の前にココアをおいた。「まあ疲れただろうし、飲みなさいな。飲みながら話しましょう」 彼は早速自分の分のココアに口をつける。そして「あちち」と熱がるそぶりを見せた。彼は生来の猫舌だった。その姿を少しだけかわいいと思った少女は小さく口元に笑みをたたえ、自分のココアをふーふーと冷ますと一口飲んだ。「……あー、飲むんだ」 少女は不思議そうに首をかしげる。「僕はまだ君の味方じゃない、どちらかというと敵側だ。敵の出した飲み物なんて僕は恐ろしくて飲めない。君、戦闘のプロじゃないね」 桜夜の指摘に少女はうつむき、ココアの入ったカップを机に置いた。「でも安心したよ。君がそっちのプロじゃないなら、無理矢理戦いに利用されたいたいけな少女を助けたってシナリオが書ける」 桜夜の言葉に少女は顔をあげる。 桜夜は天使のように――あるいは悪魔のように――笑っていた。「たすけて、くれるの?」「もちろん。それが四方院家のためなら、ね」「ありがとう!」少女はソファーから立ち上がり、桜夜の手を握った。「で、君のご依頼は?」「……わたしと、2人の妹を助けてほしいの」「ふむ……それは構わないが、君は“あの女”の娘なんだろう。助けたとしても僕は君、たちを一生守らないといけない。何かメリットはあるのかな?」 桜夜は少女を見る。華奢な身体と小柄な背丈、恐らく栄養状態もあまりよくない……かつての自分のように。彼の中のかけらほどの良心はどこか静かな場所で平和に暮らさせてやりたいと騒いでいた。だがそれは無理だ。相手はあの女、“不死身の魔女”なのだ。護衛をつけるにしろ最高峰の護衛でな
東北自動車道を走る車の助手席から、青年、水希桜夜(みずきおうや)は窓の外を眺めていた。彼は黒いスーツの上下に黒いワイシャツ、そして寒さ対策のフード付きの黒いマント身につけていた。胸には公式任務中を示す「四方印」のバッジが輝いている。「しかし東北でのゴタゴタに、なんで関東の僕が駆け付けなければならんのかねえ」 桜夜はため息をつく。すると運転手が苦笑いを浮かべながら答えた。「相談役は日本中のトラブルに対応する仕事ですよ」 桜夜はもう一度ため息をつく。「四方院家特別相談役」、それが彼の役職だった。特別相談役は四方院家宗主直属の役職で、宗主クラスでなければ対応できない荒事に対応したり、時に四方院家を守るためなら宗主に背くことも許された地位である。といえば聞こえはいいが、ようはただの雑用である。青年はもう一度ため息をつく。 親もなく、幼い頃に宗主の妹に才能を見いだされただけの野良犬にはお似合いの仕事だなと思ったからだ。そうして桜夜は目蓋を閉じて瞑想に入る。何か、変化の兆しを感じていた。◆◆◆ 桜夜が青森にある四方院家の分家、赤木家の屋敷についたのは深夜1時を回ったところだった。屋敷には明かりもなく、多くの人間が倒れていた。桜夜が倒れている人間に近づいて確認したところ、どうやら息はあるようだ。運転手に救急車の手配を任せると、青年は鞘に封印された刀――桜吹雪――を手に赤木家当主の姿を探した。 しばらく歩き回り、そして屋敷の奥に当主はいた。苦しそうに身体を横たえる当主の前には、バチバチとイカズチをまとった少女がいた。黄色い髪は首にかかるかかからないか程度だ。黄色いローブに身を包み、杖を持った姿はまさに魔法使いだった。「おーい、お嬢ちゃん。そのおっさん返してくれる?」 桜夜はのんきに魔法使いに声をかけた。すると彼女は彼の方に目を向けた。黄色い瞳は悲しそうだった。「……四方院の、秘密を教えて。そうしたら帰る」「秘密、ねえ? 宗主があまりにチビだから未だに嫁が来ない話でいいか?」 桜夜のふざけた態度に、魔法使いは左手の掌を青年に向け、「イカズチ」を放った。「おっと」 桜夜は鞘に入ったままの桜吹雪でイカズチを受け止める。すると桜吹雪の持つ「守りの結界」が発動し、イカズチが少女に跳ね返った。「きゃっ……」 イカズチが跳ね返されたことに、少女が驚いた。その